炭疽菌を噴霧した東京亀戸のオウム東京総本部ビル跡地に行ってみました

自転車ぶらぶら散歩

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画像は、オウム真理教が経営していたラーメン店『うまかろう安かろう亭亀戸店』

オウム真理教による炭疽菌テロ未遂(亀戸異臭事件)

『住民も恐々 加計学園獣医学部に「バイオハザード」リスク』などと昨年のいまごろは、日刊ゲンダイがフェイクニュースを流していました。

加計学園獣医学部のBSL施設から、鳥インフルエンザ菌や炭疽菌が漏れ出して、今治市民が死ぬなどと活動家が言っていたりしました。

1979年、ソビエト連邦のスヴェルドロフスクの生物兵器施設において炭疽菌の漏出事故が発生し、住民が肺炭疽を発症。少なくとも1000人に及ぶ市民や軍関係者が死亡したものと推定されています。

日本でも、唯一、炭疽菌を使用したテロ事件が起こっています。

それが、1993年のオウム真理教による炭疽菌テロ未遂事件です。

地下鉄サリン事件など化学兵器によるテロを行ったオウム真理教は、遠藤誠一を筆頭に生物兵器の研究も行っていました。

ボツリヌス菌の培養に失敗したため次に炭疽菌の生物兵器を開発、地域住民とのトラブルの報復に、東京亀戸の新東京総本部から炭疽菌の散布を実行しました。

しかし諸々の理由のため実際の被害を出すにはいたらず、悪臭が施設の周囲一帯に漂ったのです。

麻原彰晃死刑囚らが死刑執行された7月6日、このことをツイートしたら2000近いリツイートをいただきました。


しかし、こんなことをツイートしたものの、実際にどのような場所なのかまったく知りませんでした。

これではマズイと思い、東京江東区の亀戸のオウム東京総本部ビル(亀戸道場)があった場所に、自転車で行ってみることにしました。

オウム東京総本部ビル(亀戸道場)は、どこ?

まず最初に、ネットで亀戸のオウム東京総本部ビル(亀戸道場)の住所を検索しましたが、わかりませんでした。

風評被害が広がる恐れがあるので書かれていないのかな、とも思いましたが、考えてみれば1993年はまだインターネットが未整備の時代です。Windows95が登場する以前の情報は極端に少ないのがインターネットです。

数少ない写真から、江東区亀戸7丁目のその場所を特定しました。

まずはオウムのラーメン店跡地へ

かつてオウム真理教の関連会社である株式会社マハーポーシャは、とんこつラーメン店・うまかろう安かろう亭を経営していました。

ウィキペディアによれば、うまかろう安かろう亭は10店舗あり、そのうち7店舗がとんこつラーメン店で、残りが定食屋、居酒屋だったそうです。

その中に、亀戸店(東京都江東区亀戸6-14)が存在し、亀戸店の看板メニューは、救済(九菜)ラーメンらしいです。(※コメント欄に亀戸店に救済ラーメンはなかったとの情報をいただきました)

うまかろう安かろう亭は、1995年5月に麻原彰晃が逮捕されたことに伴い、直後に廃業になったようです。

亀戸駅北口前の自転車置き場は2時間無料。

明治通り、亀戸駅北口を通り過ぎ南下、ドン・キホーテのある京葉道路との交差点を直進、亀戸駅前南の交差点の先がその場所です。

クリーニング屋さんの隣が店舗跡か。

亀戸店は店名を変えてラーメン店として営業は続けられている、というネット情報がありましたが、そこにはラーメン屋はなく、不動産屋さんになっていました。

オウム亀戸道場跡地へ

京葉道路に戻り、京葉道路を小松川方向に東に進みます。

水神森、亀戸サンストリートの跡地を通り過ぎ、丸八通りとの交差点まで来ると、亀戸7丁目です。交差点のビルには、保育施設のマークなのか子供のキャラクター看板があります。

京葉道路を直進します。ところどころに亀戸香取神社のお祭りののぼりが見られます。

この地区は高層のアパートやマンションが多く、最近建築されたと思われる新しい建物も多いです。建築中のマンションもありました。

亀戸7丁目西公園を通り過ぎます。公園には、ゾウさんの滑り台と、カエルの水飲み場がありました。

亀戸7丁目のバス停を越えると、現場はすぐです。

図書館の手前にあるコンビニの脇道を曲がって、すぐのところが、オウム亀戸道場があった場所のようです。

もちろん、オウム亀戸道場の建物はなく、現在は別の建物が建っています。となりには、つい最近建築されたようなファミリー向けのマンションが建っています。

オウム亀戸道場跡の後ろにも、新築のマンションが建っています。

この道路は人通りが多く、人が途切れることがありません。写真を撮るのに苦労しました。

そのような場所で、炭疽菌テロを企てたのかと思うと、恐ろしさに戦慄が走ります。

当時のことを知る方より、「オウムのビルの屋上のクーリングタワーから断続的に蒸気が吹き出していて、怖かった」、との証言もいただきました。

ただ、現在は、オウムの跡形もなく、平和な町並み、住宅街です。

麻原彰晃死刑囚の死刑が執行されて、ひと区切りが付きました。もしも、この地区がオウムによって、いわゆる風評被害が残っているとしたら、悪いイメージが一掃されることを望むばかりです。

近くの民家のポストには、「オウムお断り」のシールが残っていて、当時の地域住民とオウム真理教との戦いがしのばれます。

コメント

  1. 孔雀舞子 より:

    亀戸のうまかろう安かろう店で働いていました。もう面影はありません。店の左にはソバとうどんの店があり、結構流行ってました。朝だしのいい香りがいつもするので、本当は店に行くのは禁止でしたが、一度だけ入り食べたら、なんと醤油の味しかしなかったので驚きました。私は西日本出身で醤油といえば[東まる薄口しょうゆ」だったため、関東人の味覚には驚きました。こんなものがおいしいのかと!それから店の前の大通りを挟み真向かい側に珈琲店があり、そこにも興味がそそられ一度入りブルーマウンテンを飲みました。ところで亀戸のラーメン屋には救済ラーメンなんてありませんでしたよ。尊師が好きなということで。とんこつラーメン屋を開いてた訳です。骨を砕き店でスープをマハーポーシャ信徒が手作りしてましたが、私は臭くて、飲めた味ではありませんでした。しかし事件前はとても人気で流行っていました。こんなまずいものを東京人は食べるんだと、あきれました。昼は半チャーハンととんこつラーメンセットで確か640円ぐらいかな、4人掛けの席に相席してもらうのはいつものことでした。超忙しかったです。ある時昼の部だけで10万円いったことがあり、その日の夜の部に開祖とたくさんの出家の弟子たちが来た時10万円達成してたので、朝番の人も呼ばれました。弟子たちは元気いっぱい開祖は疲れ切っていたのが印象的です。(1994年)

    オウムの出家者でもなく在家者でもない位置のマハーポーシャ信徒なんていう位置でした。亀戸道場で数十人で雑魚寝しながら修行をし毎日仕事をしてました。(奉仕)それからパソコンを日本に定着させていったのはマハーポーシャ信徒たちが奉仕で朝から晩まで働き人件費がいらない為、秋葉原で4店舗店を構えビラを配り、テーマソングまで作って安く売りまくっていました。事件後も私はそれを支える為、八潮の排気ガスがひどい倉庫(今でもアレフの修行の場です。上祐氏があんな汚い道場行きたくないといった女性の言葉から、大改造し、今思えば上祐氏お気に入りの女性だったのでしょうね。空気は、凄いいい品質のフィルターで、一週間に一回変えてます。そのフィルターには排気ガスの真っ黒いのがビッシリとついてました。)で、夜中であろうとその排気ガス臭い倉庫でオウムが外国に出向き仕入れたHDDやマザーボードやCPUの搬入、加工それからパソコン組み立てなどの作業もやりましたが、一か月8000円の業財だけが使えるお金です。その中で下着や服、靴とか買うわけですからスグなくなります。ほんと、自分軸がない人は、欲望やエゴが強い一見やり手の人に言いくるまれ、都合がいいように使われても、こういうものだと、これこそ自分というエゴを捨てるいい修行だと思い込まされる。洗脳ってすごいね!みんなも自分軸がなければマスメディアやネット、友達、親族、恋人、エリート街道の人たちに影響されまくり、宇宙にたった一人の自分を安く見積もり、妥協や、本心は違うのに周りに合わせる、カオナシ(千と千尋に出てくる)や幽霊(影が薄い、誰にも気に留められない)のようになるよ!

    だって自分(自分の感情や本音で)を生きてないから存在感なんてあろうはずはないからね!それが強ければ強いほど、他人からぞんざいに扱われますよ。

    神様はだーれ?それは鏡に覗き込んだ時映る人!それが答え!…それ以上もそれ以下もありません。あまりにも近すぎてわからない存在。

    • 以下略ちゃん より:

      詳しい情報、ありがとうございます。その旨、本文中に加筆いたしました。

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