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杉尾ひでや参院議員質疑「認可ありき」をうかがわせる証言が明るみに出た と書く東京新聞の記事に疑問

time 2017/12/08

杉尾ひでや参院議員質疑「認可ありき」をうかがわせる証言が明るみに出た と書く東京新聞の記事に疑問

加計学園岡山理科大学獣医学部の新聞広告(中国新聞)記事内容とは無関係

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答申=認可と解釈している東京新聞はオカシイ

「感じた」という個人的な主観をつなげて疑惑があるかのような誤読を誘う記事

民進党の杉尾ひでや参院議員の12月7日の国会質問に関連して、東京新聞がアシスト記事を8日に一面トップに書きました。

「設置審のデタラメぶりを克明に描き出した」記事であると、杉尾ひでやさんはフェイスブックで言っています。

しかし、以下略ちゃん的には、この東京新聞の記事こそが、加計学園問題をめぐるマスコミ報道のデタラメぶりをあらわしている記事だと思うのです。

東京新聞記事の疑問点をまとめてみます。

 学校法人「加計(かけ)学園」(岡山市)の獣医学部の設置認可を巡り、審査した文部科学省の大学設置・学校法人審議会(設置審)の複数の委員が七日、本紙の取材に「主査の委員(設置審の座長)から訴訟リスクがあると告げられ、圧力を感じた」と証言した。国家戦略特区認定の四条件を満たしていないとの考えも明らかにし、一人は「設置審にかかったことで認可への道筋は付いていた」とも述べた。 (井上圭子、中沢誠、清水祐樹)

 本紙は主査に大学を通じて取材を申し込んだが、回答を得られなかった。文科省は「個別の委員の発言は明かせない」としている。「認可ありき」をうかがわせる証言が明るみに出たことで、認可判断の妥当性が揺らいでいる。

 加計学園の獣医学部は、四月から設置審で認可の是非を審査。八月に判断保留となり、十一月に設置を「可」とする答申をした。

 審査に関わった委員の一人によると、十一月五日の最終判断の会議で、主査が「もういろんな建物が建っている段階で(答申を)延ばし延ばしにしていると(学園側から)訴えられたら勝てない」と告げたという。この委員は「絶対に認可しろという圧力を感じた部分もあった」と打ち明けた。

 訴訟リスク発言について、別の委員も「委員の三分の一ぐらいは圧力と感じていた」との見解を述べた。

(出典:「加計審査で圧力」証言 座長に訴訟リスクあると言われた 東京新聞 2017.12.08朝刊)

「認可ありき」をうかがわせる証言が明るみに出たことで、認可判断の妥当性が揺らいでいる。」と東京新聞は書いています。

これが東京新聞の主張です。

本当に、認可判断の妥当性が揺らいでいるでしょうか?

個人的には、そのようにはまったく思えません。

 

疑問の記事文その1「設置審にかかったことで認可への道筋は付いていた」

設置審の委員の一人が「設置審にかかったことで認可への道筋は付いていた」と発言したことが、問題のように東京新聞は書いています。

ほんとうに、その委員は問題視してそのように発言したのでしょうか?

「設置審」は大学学部の新設の最終段階ですから、そこにかかるということは、認可への道筋が付いた、近づいた、ということにほかなりません。どうしても問題があるのでしたら不認可にすればいいだけです。

そういう意味で「設置審にかかったことで認可への道筋は付いていた」と発言した可能性もあります。

「認可への道筋は付いていた」と疑惑のように東京新聞は書いていますが、そのように発言したとしても、それはひとりの委員の主観にすぎません。

ひとりの委員の主観を引用して、あたかもそのような指示があったかのように誤読させるように記事を書くのは問題があります。

 

疑問の記事文その2「もういろんな建物が建っている段階で(答申を)延ばし延ばしにしていると(学園側から)訴えられたら勝てない」

この文章には2つの問題点があります。

 

1つ目は、「(答申を)延ばし延ばしにしていると」の部分。…答申=認可と解釈している時点でオカシイ

「いつまでもだらだらと引き延ばすな」と十一月五日の最終判断の会議で、主査が言ったという文章です。

(答申を)は東京新聞が書き足している部分です。

主査が「引き延ばさないように」発言した主語が明確ではありませんが、(答申を)であれば、これは「認可しろ」という圧力ではなくて「認可」「不認可」の結論の答申を早く出せ、という意味でしかないように読めます。

東京新聞自身が、「(答申を)延ばし延ばしにしていると」と書いているくせに、あたかも「認可せよ」との圧力があったかのように書いているのは矛盾しています。

正当な理由さえあれば、別に「不認可」の結論でもよいのです。正当な理由さえあれば、ですが。

答申=認可ではありません。

 

2つ目は、「(学園側から)訴えられたら勝てない」の部分。

杉尾ひでやさんや東京新聞は、「学園からの訴訟リスク」があることを設置審の座長が発言したことを問題視しています。

なぜこれがいけないことなのでしょうか?

民進党の加計学園問題追及チームや関連する反対派市民グループが流したデマの数々は目に余るものがあります。

●加計学園は仮面浪人を募集している。(単なる資料の読み間違いです)

●建設費を水増しして、加計学園が補助金詐欺をはたらいている。安倍総理は詐欺幇助だ。(根拠が無いのに安倍総理を刑事告発までしている市民団体と国会議員が連帯しています)。

●校舎は鉄骨構造なので、炭疽菌が漏れて、今治市民に死人が出る(こうした主張をしている市民団体と国会議員が連帯しています)。

などなど、他にもありますがすべて根拠のないデタラメばかりです。

理事長が安倍総理と腹心の友だという理由だけで、あたかも加計学園理事長が犯罪者であるかのように民進党の追及チームでは扱っています。マスコミも同じようなものです。

彼らはどうみても加計学園と理事長を犯罪者のように扱っています。まるで中世の魔女狩りです。

 

「訴訟リスク」発言は、このような政治的な理由に引きずられて、曖昧な理由のまま不認可にする、あるいは「(答申を)延ばし延ばしにする」=「実質的に不認可にする」結論では、学園側から損害賠償の民事訴訟を起こされたら文科省側に勝ち目がない、という意味でしょう。

訴訟の被告は文科省でしょうが、「訴訟リスクがあるので、不認可にするのなら訴訟に耐えられるような納得のいく理由が必要です」と座長が発言するのは当然のことです。

文科省が訴訟を担当する時に、「不認可にした明確な理由」がなくては困ると座長が発言しているにすぎません。

結論は別に「不認可」でもいいのですが、そこには明確な理由が必要だということでしょう。

学園側からの民事訴訟で文科省が負ければ、支払う損害賠償金は税金です。

これを「圧力」と報道する東京新聞には違和感しか感じません。

 

疑問の記事文その3「この委員は「絶対に認可しろという圧力を感じた部分もあった」と打ち明けた。」

「この委員は「絶対に認可しろという圧力を感じた部分もあった」と打ち明けた。」は明らかにひとりの委員の主観です。

設置審の委員は既存の獣医学部大学の教授などですから、新設の大学に反対の立場の人もいるでしょう。

そうした委員の「主観」を、あたかも「認可の圧力」があったかのように報道するのはおかしいのではないでしょうか?

加計学園の騒動では、きっかけとなった朝日新聞の「総理のご意向」記事をはじめとして、前川さん証言にしろ、このように「思い込み」をあたかも事実であるかのように報道するマスコミ記事が多すぎるように思うのは私だけでしょうか?

こうしてマスコミの作り上げていくのは実態のない「空気のような疑惑」ばかりです。

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