伊藤詩織さんの映画のトラブルの対立点の論点整理

伊藤詩織さんが監督を務めたドキュメンタリー映画「Black Box Diaries」をめぐるトラブルの対立は、映像や音声の無断使用に関する倫理的・法的問題を中心に展開しています。
この映画は、伊藤さんが2015年に元TBS記者から受けた性暴力事件を自ら調査し、社会に告発する過程を記録した作品で、海外では高い評価を受け、2025年の米アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門に日本人監督として初めてノミネートされました。
しかし、国内では上映のめどが立たない状況にあります。
2025年2月20日の日本外国特派員協会記者会見と、Arc TimesのYouTube動画、Twitter(X)の意見などを見て、双方対立している論点を整理してみます。
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主なトラブルの概要

問題のポイントは、映画内で使用された以下の素材が関係者の承諾を得ずに使用された、あるいは使用条件に違反していると指摘されている点です。
  1. ホテルの防犯カメラ映像
    • 伊藤さんが性暴力を受けた現場とされるホテルの防犯カメラ映像が映画に含まれています。この映像は民事訴訟の証拠としてホテル側から提供されたもので、伊藤さんと元代理人弁護士の西広陽子氏は「裁判手続き以外では使用しない」という誓約書に署名していました。
      しかし、映画での使用にあたりホテルからの明確な許諾が得られなかったことが、元代理人らによって「誓約違反」として批判されています。
    • 伊藤さんは、映像をそのまま使用せず、外装や内装、タクシーの形状などを変える加工を施したと釈明し、「性暴力の実態を伝える公益性がある」と主張しています。
      一方、元代理人側は、加工の有無にかかわらず承諾が必要であり、今後に発生するであろう新しい性被害者のための証拠提供を難しくする可能性があると懸念を示しています。
  2. 捜査員や関係者の音声・映像
    • 映画には、伊藤さんに捜査情報を提供した担当から外れた捜査員や、タクシー運転手、さらには西広弁護士との会話の録音が含まれています。これらが無断で使用されたとされています。
      特に事実上の公益通報者である捜査員に関しては声を加工しても、場面展開から身バレの可能性が高く、警視庁内での立場が危ういと指摘され、ジャーナリストとして大切な「取材源の秘匿」が守られていないとの批判が上がっています。
    • 西広弁護士は、自身との電話音声が映画に使用されたことについて「無断録音であり、事実と異なる印象を与える」と訴え、個人的に傷ついたと語っています。
  3. 非公開集会の映像
    • 2017年に開催された約30人が参加した非公開集会の映像が約2分40秒使用されており、一部の参加者の発言が許諾なく公開されたと問題視されています。性被害について語る場での発言が無断で使われた場合、肖像権やプライバシーの侵害になる可能性が指摘されています。

双方の主張

  • 伊藤詩織さんの立場
    伊藤さんは、映画の目的が性暴力の現実を広く伝え、社会的議論を促すことにあると強調しています。
    2025年2月20日に発表した声明で、一部の映像使用について「承諾が抜け落ちていた」と認め、関係者に謝罪しました。
    最新版では個人が特定されないよう対処し、海外上映時には「差し替えなどの対応をできる限り行う」と約束しています。
    しかし、ホテルの映像については「事件の事実を伝えるために不可欠」とし、公益性を優先した判断だと主張しています。
  • 元代理人弁護士らの立場
    西広陽子弁護士を中心とする元弁護団は、映画の問題点を2024年10月以降複数回の記者会見で訴えています。西広弁護士らは、誓約違反や取材源の保護の欠如が今後の性被害者の支援環境を損なうと主張し、映像の削除や修正を求めています。
    特に西広弁護士は、8年半にわたり伊藤さんを支えた経験から、「ルールとモラルを守るべき」と強調し、国際的な映画祭での上映継続に危機感を示しています。

現在の状況

  • 法的・倫理的対立
    伊藤さんは元代理人らの主張を「不正確」と反論し、名誉毀損の可能性を指摘する内容証明を送付。また、弁護士職務基本規程違反を理由に、弁護士会が間に入って解決の道を探る紛議調停を申し立てています。一方、元代理人側は海外メディアにも問題を訴え、映画祭への説明責任を求めています。
  • 上映への影響
    国内では配給が決まっておらず、2025年2月20日に予定されていた記者会見と日本版上映が体調不良を理由に急遽キャンセルされるなど、混乱が続いています。海外では57の国と地域で公開済みですが、修正版への対応が今後の焦点です。

対立のポイント

このトラブルは、ジャーナリズムにおける「公益性」と「個人の権利保護」のバランスを巡る議論を浮き彫りにしています。
伊藤さんの映画は日本の性暴力問題を可視化する力を持つ一方、「被害者」として得た情報を「ジャーナリスト」として使用しているなどと、素材の扱いが倫理的・法的に適切だったのかが指摘されており、解決にはまだまだ関係者間の対話とルール適用の解釈合意が求められるでしょう。
元代理人側は「今回の映画の問題と、伊藤さんの受けた性被害は別の問題」として、SNSなどでも誹謗中傷はしないでほしいと説明しています。



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